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第3回 フェンダーのゆるさ

最近72年のフェンダーJBを弾いている。

column001

作りははっきり言ってひどい。
ネックとボディの接合面など、ガタガタで密着しているとは思えないし、
センターが正しく出ている訳でもない。
リアマイクのザグリ(穴)に至っては外周5〜6ミリの隙間がある。
デッドポイントもあり全然駄目な様に見える。

しかし!!
弾いてみると心地の良い倍音が豊かで厚みがあり、温かい音が出る。
素晴らしいのは単に古いからだけではない。

作りがゆるく、
遊びがあるおかげでゆとりがあり、
その絶妙な振動の逃げ具合によって
色々な深みのある響きが加わっているのだ。
程よいサスティンも気持ちいい。

今の楽器メーカーは
ほとんどコンピューターで制御する木工機械を使っていて、
一分の隙さえも全く無い、限りなく精度の高いギターが作れる。
しかしすべてとは言わないが、
そういう優秀な楽器は一様に響きが一元的で
倍音に乏しいものが多い。

例えばウッドベースの駒はボディに接着しているわけではなく
弦のただの圧力でただ乗っかっているだけだ。
これを無理矢理接着すれば、間違いなく魅力の無い音になる。
駒を自由に動けるようにして力を逃がす事で「響き」を得ているのだ。

フェンダーの作りの甘さが
はじめから意図したものだとは到底思えないが、
70年代の工場のパートのおじちゃんやおばちゃんが適当に作ったものが
結果的に何故こんなに良いのかと実に考えさせられる。
と同時に、かつてのゆとりある良きアメリカ、
その時代のゆとりある社会全体を想い浮かべてしまうのだ。
そう、音楽も素晴らしかった。

楽器に限らず「遊び」は
窮屈で行き場のないような生活をしている我々にとって大切な必修科目だ。
今の時代はわずかな狂いでさえ嫌うあまり、
かえって自分達の逃げこむ場所さえ排除してしまう。
これでは一体どうやって想像力を広げ、
いかにして心を響かせたらいいのだろう。

先日、あるバイオリン職人がインタビューで話していた。

 ストラディなどの名器は、長い年月弾き込まれ
 構造の狂いや材の歪みが取れている。
 木の部品ひとつひとつが、
 のびのびと本来あるべき最大の響きを持ってる。
 だから素晴らしい。

木は生きている。我々も同じく生きている。
でも、木のように何百年も生きられるわけではない。
僕も残り短い人生の間に本来あるべき響きを見つけられたらどんなに幸せだろう。

2007.05.09

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